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能の愉しみ方 ~能楽師 梅若基徳~

能の愉しみ方 ~能楽師 梅若基徳~

今回は能についてのお話です。古典邦楽や現代演劇、様々な音楽とのコラボレーションも積極的に模索し、「日本の伝統芸能としてだけでなく、世界に通じる演劇としての能の評価も高めていきたい」という、能楽師の梅若基徳(うめわかもとのり)さんに登場していただきます。

梅若基徳 プロフィール

梅若基徳 プロフィール

重要無形文化財総合指定保持者/一般社団法人 日本能楽会会員/公益社団法人 能楽協会会員/一般財団法人 日本伝統芸術文化財団 代表理事

 

中世より代々続く梅若家に生まれ、3歳より舞台活動を始める。日本各地での公演に加え、オランダ・アムステルダム、ギリシャ・アクロポリス円形劇場、フランス・パリ、アメリカ・ロサンゼルス、ルーマニア・シビウ演劇祭など、海外での公演にも多数参加。2014年、アメリカ・メイフラワー号の奇跡を題材にした新曲「五月花」を作成してロサンゼルスで公演し、「ロサンゼルス名誉市民」を受ける。201712月兵庫県西宮市に「西宮能楽堂」を開館著書に「能に観る日本人力」BAB出版

 

●梅若基徳公式HP  http://www.umewaka.info/ 

西宮能楽堂  https://museum-462.business.site/

日本伝統芸術文化財団  https://japantacf.themedia.jp/

西宮能楽堂YouTubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCTCEAViD8TCa9xTfBrKRnZg

能とはどんなものでしょう

まず「能」と聞くと、「難しいもの」と思われる方が多いと思いますが、結論を先に言うと、難しいものです。

舞台装置や演じ方がシンプル過ぎるが故に「一度では解からない深いもの」なのです。だいたい何事もそうですが、簡単にわかっては面白くないですよね。私も50年以上やっておりますが、未だに新しい発見が毎回あり、真髄には程遠いですが真摯に日々鍛錬して愉しんでおります。

西宮能楽堂の能舞台

能の歴史

14世紀日本の室町時代に生まれた演劇で、「能」と「狂言」を合わせて「能楽」と言います。発生から現代まで約700年間途絶えることなく受け継がれる世界最古の演劇と言われ、ユネスコの第1回世界無形文化遺産にも指定されております。元々、能や狂言は、主に神楽系の歌舞や奈良時代に中国大陸から雅楽とともに伝わった散楽、日本古来の芸、五穀豊穣を祈る農耕神事の田楽が融合して出来たとされております。

神事としての能

専用の能舞台は特殊な形をしております。背景は松が描かれた「鏡板」のみで、他の演劇のように背景が変わることは絶対にございません。また、ごく簡単な舞台装置以外はほとんど使わず演劇を行います。その鏡板に描かれた松も、実は背景ではありません。能はもともと、神様との交信の儀式として行われていたことから、その交信に必要なものが松であったのです。松は常に緑色で生命力が強く、神様が降臨すると考えられておりました。古来、その影向した松の前で奉納や儀式が行われていたのですが、やがて観客が見るようになり、本来舞台正面の中央にある松が、背面の板に鏡として映っているとして「鏡板」と呼ばれるようになりました。演者は正面の影向した松に向かって神事をしている体なのです。日本では古来、年を重ねたものが霊力を増すと考えられていたので老松が描かれるようになりました。お正月の「門松」も同じ理由で、新しい歳神様を招き入れるためこちらは「若松」を飾ります。

能の作品は神話や仏教経典、歴史的な事件、特に平安時代に作られた文学作品を基に演じられることが多いです。現在ならばベストセラー小説などはすぐに映画化されることが多いのに、なぜ平安時代の文学作品が室町時代まで200年以上演じられなかったのでしょうか。それは、死者(過去の人)を人が演じると「その霊に憑りつかれる」と信じられていたからです。「日本三大祭り」は、京都の祗園祭、大阪の天神祭、東京の神田祭ですが、それぞれの祭神は元々からの神様ではありません。祇園祭の早良親王、天神祭の菅原道真、神田祭の平将門とこの世に深い恨みを持って亡くなり、死後に祟りをもたらしたと考えられた「人間」なのです。その怨霊を鎮魂し、わすれないように「お祀り」する行事が「祭」となるのです。能を大成した世阿弥は、本来見えない神の姿を見せて称賛し、また不運の主人公達には生前の事を語らせ、弔うことによって、「能」という演劇を成立させていると考えられます。

扇の表す意味

ここに能で使う扇があります。これは12世紀・平安時代「源氏」と「平氏」の戦いでの主人公達が使用する扇です。片方はその戦いで勝った「源氏」、片方は負けた「平氏」です。どちらが勝者の使用する扇でしょうか?

答えは右の扇です。

その理由は、この太陽は扇の中に納まっておりません。そこからから出ようとする勢いの、昇る朝日を表しております。先程能舞台の「鏡板」の説明で、「神は松に降臨する」と言いましたが、勝利には神の力があったと考えられ、松が描かれています。また太陽の中に雲が描かれています。雲は目線の上にある物なので朝日を表し、こちらが勝者の持つ扇です。

対しまして左側の扇の太陽は、扇の中におさまっております。激しい波は勘違いをして、勝者の勢いのようにも思いますが、仏教の思想で西の海の彼方には「極楽浄土」があり、おさまり行く太陽は日没を表しています。また太陽の中には「貝」が描かれており、目線の下にある海中の世界を見ている夕日なので、負けた平氏側が持つ扇なのです。

しかし、能の演目では戦いの勝者であっても称賛されることはありません。勝った源氏側も「修羅道」と言う地獄をさまよい続けなくてはなりません。武将である足利義満に見い出された世阿弥ですが、彼は戦や権力によって人を殺めることの「完全否定」の演目しか残しておりません。その後の戦国武将にも「能」は愛され、江戸時代には「式楽」ともなった「能」ですが、武将や殿様が戦争や殺生を否定する「能」を嗜み、自ら演じていたのはとても興味深いことです。演目を武士称賛する側へ改変しなかったことは、日本の文化と民度の高さを表していると思います。

能の演目について

「土蜘蛛」梅若基徳

 能は現行曲で200番ほどあります。その中でも人気曲の「土蜘蛛」について解説致します。

土蜘蛛

謎の病で床に臥している武将源頼光のところへ、侍女の胡蝶が薬を持って見舞に来ます。心細くなっている頼光を慰めますが、その胡蝶と入れ替わるように怪しげな僧が現れ、千筋の蜘蛛の糸を頼光に投げつけます。頼光は枕元にあった刀で応戦し、僧は姿を消してしまいます。駆けつけた独武者にその時の様子を語り、急いで退治するように命じます。やがて独武者は郎等を引き連れ、葛城山の古塚を崩すと中から土蜘蛛が現れ、糸を投げつけ激しく襲いかかりますが、最後は切り伏せて都へ帰ります。

解説
この「土蜘蛛」は、「蜘蛛の糸」を放つなど、能の中では派手で動きの多い人気曲です。「化物退治物」として、土蜘蛛を悪として観るのも勿論構いませんが、実は人間同士の争いを擬人化したもので、中央政権に従わず滅ぼされた民族の悲しい物語でもあります。
土蜘蛛とは、大和朝廷側から異族視された土豪たちを示す名称です。また劇中にある奈良の「葛城山」と言う地名も、葛(かずら)を編んで作ったで土蜘蛛を討ったことに因んだ地名と、日本書紀にも記されています。関東の「茨城」の地名由来も同じ理由からです。

「能」は根底に流れる強いメッセージがあり、決して「蜘蛛の化物」を退治するだけではございません。

能の愉しみ方

仕舞稽古風景

ここまでの説明で少し興味も湧かれたと思います。どうぞ世界最古の日本の演劇「能」をご覧くださいませ。公演は他の演劇とは違い、一ヶ月公演などのロングランはなく、すべて一回きりの単発公演です。これは緊張感を持った「一期一会」の真剣勝負だからです。全国各地に能楽堂は意外と沢山ございますし、市民会館や音楽ホールなどでも公演しております。公演内容などお問い合わせくださいませ。

また、別な愉しみ方と致しまして、実は「能」は観るより、自分が演じて舞ったり謡ったりするほうが断然楽しく理解出来ます。戦国武将や皇族、武士や役人、文化人や経済界の方々を始め、子供までもが何百年も慣れ親しんでこられたものですから、カラオケやダンスが苦手な方でも十分に出来ます。姿勢を正して大きな声を出したり、「能」の摺り足や身体の動かし方は、健康にも精神的にも良いと言われております。現代は、和服や正座も必要ございません。各地に教室やカルチャースクールなどあると思いますので、どうぞ「豊かな時間」を是非一度お愉しみいただけたらと思います。

世阿弥の言葉

世阿弥の奥義『初心不可忘 』(初心忘るべからず)という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。これは世阿弥が『風姿花伝』の『花鏡』の中で述べた言葉であります。でもこれは最初に立てた目標に向かって達成する「初志貫徹」という意味ではありません。

初心とは「段階ごとに経験する芸(自分)の未熟さ」のことで、未熟な時代の経験や、その時の屈辱感を忘れないように常に自らを戒め、過去の経験を糧として、永遠に上達し続けようとすることが大事であると説いております。「初心」とは決して「目標」ではないということです。勿論「初志貫徹」も素敵ですが、目標達成で終わらず、反省しながらも一生成長し続ける「初心忘るべからず」をみなさんも実践してくださいませ。

まだまだこれからもいっぱい愉しみましょう♪

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