オーダーシューズは価値がわかる男性の楽しみ
ファッションの中でも、靴にこだわりをもつ男性は多いものです。「靴を見れば、人となりがわかる」ともいわれますが、顔や服装だけで十分理解できるのに、なぜ足元なのでしょうか。特に一流ビジネスマン、エグゼクティブ層ほど、そう考えている傾向があるようです。
もし、目の前にヨレヨレでかかとがすり減った靴を履いている人がいたら、あなたはどう思うでしょう。ほかに靴はなかったのか、よほどこの靴の履き心地がいいのか、靴に意識がいかないほど疲れているのか…。どれもあまり良い感情ではありませんね。
逆に、磨き込んだキレイな靴を履いている人がいたらどうでしょう。出かける前に磨いているのかな、わざわざ靴磨きスタンドに立ち寄ったのかな、細かい部分までゆきとどいている、きちんとしている人だという良い印象になりますね。靴には、その人のライフスタイルや生き方が現れてしまうようです。今回は靴の魅力を探ってみます。
高級オーダーシューズの工房を訪ねて
イタリア・フィレンツェで修業した日本人職人
靴の長い歴史をもつのは欧州です。靴はとても大切なもの、だから靴に手を抜かないのが本物のおしゃれ…そんな文化が受け継がれています。世界中に様々な高級靴のブランドがありますが、自分好みの靴をオーダーする人も多いもの。靴の歴史が浅い日本はどうなのでしょうか。イタリアで修業して日本で店を開いた高級オーダーシューズ(ビスポーク)の職人さんを訪ねてみました。
兵庫県西宮市、阪急電鉄の西宮北口駅に近い小さな工房「イルバガボンド」。ドアを開けると、上質な皮の香りがふわりと鼻をくすぐり、様々な工具に囲まれて黙々と作業をする姿が見えました。振り返ったその人は、菅 基司さん。イタリアで修業した靴職人です。
単身で靴作りの本場に乗り込む!
菅さんは、10代の頃から独学で革製の小物を作るのが趣味だったそうです。財布やポーチなど、いろんなものを作るなかで、作り方を想像できなかったのが靴。それでも作ってみたくて、自己流でなんとか形にして、その靴を履いて歩き出したとたん、靴は無残な姿に……。
その経験から靴作りに興味を持った菅さんは、イタリア・ミラノでファッション関係の仕事をしていた親戚に相談。靴作りが盛んなのはフィレンツェだと教えられ、直感的に海を渡ることを決めます。
「日本の靴職人の技術が高いことは知っていましたが、言葉もわからないのにイタリアに行きたい!と思ったんです」と言う菅さんは、2005年に単身でフィレンツェに渡ります。
運よく工房に入り、靴作りの技術を一から学ぶことになりました。初めての土地で、師匠の元で必死に技術を覚える毎日。ひととおりのことができるようになるとイタリア国内やフランスに足をのばして、いろんな靴を見て回りました。そして5年の歳月が過ぎ、修業を終えて帰国。生まれ育った街に自身の工房をオープンさせたのです。
すべての工程を手作業で進める職人の技
工房の壁にはたくさんの工具や木型が並び、奥にはミシンが見えます。壁の工具は、廃業するというイタリアの職人さんから譲り受けたもの。こういった工具は、今はもう製造されていないため、壊れたら自分で修理します。
靴造りの工程は、採寸、木型作り、型紙作り、仮縫い、試着、本縫い、と続きますが、その間に細かな工程が入り、完成までにかかる期間は6ヵ月以上だそうです。すべて一人で作るのですから、当然なのかもしれません。オーダー主と直接顔を合わせて、どんな靴をどんなシーンで履きたいか、その人の服装や好みや生活習慣を理解するためにコミュニケーションをとります。採寸通りに木型や型紙を作っても、ぴったり合う靴はできません。お客さんがぴったりだと感じる感覚はそれぞれ違うからです。一人ひとりの好みまで知り尽くしてこそ職人なのです。
牛革以外にもある高級な革
菅さんが作る靴は1足16万8千円から。ほとんどの人がリピーターとなり、2足目、3足目を注文していきます。どんな人が多いのかとたずねると「こだわりの強い人」という返事。服が好きで布にも詳しくて、服ももちろんオーダー。車にお金をかけるように、好きな靴の値段は気にしないという人がやってくるようです。
そんな人にとっては、靴の形はもちろん、どんな革で作るかもとても重要だそう。めずらしい革が入るとすぐに売れてしまうし、中にはわざわざめずらしい革を探してほしいとリクエストをする人も。象、カバ、アザラシ、サメ、エイなど、びっくりするような素材もあります。先日オーダーされたのは、革の表情が面白いからとアメリカバイソンの革をブーツに。革は、主にミラノのエージェントから取り寄せています。
どこにもない靴を作る楽しみ
菅さんは言います。「私のところでオーダーする人は、おしゃれというより、靴が好きな人が多いです。良いものを履きたいということと、どこにもないものをゼロから作る楽しみを知っている人」。自分が欲しいものを注文し、職人の提案を聞き、コミュニケーションをとって作る長い期間。どんな風に完成するのか、わくわくしながら待つ長い期間。きっとそれも楽しみなのですね。
イルバガボンド
住所 兵庫県西宮市甲風園1-8-18
TEL 090-3827-7963
世界で愛される高級シューズ
オーダーもできる世界の高級靴ブランドを調べてみました。
ロベルト・ウゴリーニ(Roberto Ugolini)
菅さんの師匠、ロベルト・ウゴリーニ(Roberto Ugolini)氏は、曾祖父が靴職人、祖父と父がシューリペア職人、母が靴店経営者という家系に生まれました。1885年にリペアの道に入った後、靴職人になり、1996年に独立してフィレンツェにス・ミズーラの工房を開きました。ス・ミズーラとは、ブランドが考えるクラシカルなスタイルを基本として、素材やデザインなどの細部を決めていく方法です。古い文献を研究し、そこにエレガントさと独自のセンスを加えた靴づくりに定評があります。
日本ではロベルトウゴリーニ×VASSヴァーシュ×伊勢丹コラボの既成靴が人気です。
ジョンロブ(John Lobb)
1849年に有能な靴職人として有名だったジョン・ロブが、ロンドンのセント・ジェームズ通りに創設。二代目が1902年、パリにジョン・ロブ・パリをオープンしました。その後、ロブパリはエルメスの傘下となり、今ではロンドンのジョンロブ以外は全てエルメスの傘下です。
ロブロンドンはオーダーシューズのみで、イギリス王室御用達です。ロブパリは既製品もありますが、エルメスブランドのためオーダーシューズはかなり高額です。
でも、どちらの靴も素晴らしいデザインと履き心地で、「いつかは履きたい」トップブランドに違いありません。
エドワード・グリーン(Edward Green)
1890年、イギリス・ノースハンプトンで生まれた小さな紳士靴の工場。エドワード・グリーンが作る靴は、洗練されたスタイリッシュなデザインです。品質も抜群で、なんといっても履き心地が良いのは伝統のなせる技。機械で製造するも少量生産・品質重視で、英国紳士が好むブランドなのです。
日本では、伊勢丹新宿店メンズ館、三越銀座店、三越日本橋本店本館にショップがあります。まずは店を訪れて、足の正確な計測とフィッティングをして、お気に入りを選びましょう。
シルヴァノ・ラッタンツィ(Silvano Lattanzi)
イタリアらしい粋なデザインが特徴のブランドです。既製品、オーダーシューズ、両方ありますが、すべての工程を手作業で行い、芸術的と言いたくなるような靴が完成します。革の色が光に当たって微妙に変化する、など手の込んだことがお得意なのです。さらに、自社の靴は20年間の補償付きというのも驚きです。自信とプライドを感じるブランドです。
まとめ
オーダーメイドの靴は完成までに長い時間がかかります。どんな靴をどんなシーンで履きたいのかを、しっかりと伝えることが第一歩です。採寸、生地選び、デザイン確定、試作品チェック、試し履きと、何度も作り手を顔を合わせます。靴のプロは、足の専門家でもあります。自分に合う靴がどういうものなのか、じっくりコミュニケーションをとって、より良い靴を作りたいものですね。
撮影:篠原コーヘイ