パリ、そして世界へ、挑戦する日本酒「獺祭」
ブランドショップやおしゃれなカフェが並ぶパリ8区。エトワール凱旋門から放射状に延びる道の一つ、フリドラン通りを東へ10分ほど歩くとオスマン通りに名前が変わる。そこからすぐ、フォーブル・サントノレ通りを右に折れた場所に「獺祭・ジョエル・ロブション」がある。「獺祭」は山口県岩国市の旭酒造が造る日本酒の銘柄。酒米の王者・山田錦を磨きぬいて造る純米大吟醸は、その美味しさから、日本のみならず世界で愛されている。その獺祭が、2018年に世界中に三ツ星レストランを展開するロブションと一緒にショップ&レストランを作ったのだ。
獺祭・ジョエル・ロブション
フォーブル・サントノレ通りは、エリゼ宮やエルメス本店がある高級ショッピングストリート。重厚な石造りのアパルトマンが建ち並ぶパリらしい街並みで、隣同士くっついたように建つ建物それぞれのデザインは違うが、統一感があってとても美しい。この景観にとけこむように、ショーウインドウに漢字で「獺祭」とシンプルな表示がある。このアパルトマンの2フロアが獺祭&ロブションの店だ。
パティスリーで獺祭とスイーツをテイクアウト
1階のパティスリーには、チョコレート、マカロン、ケーキ、パンが並んでいる。フランスの伝統を守りながら新しい技を加えたスイーツは、ロブションらしい上品な見た目と味に仕上がっており、獺祭の酒や酒粕を使ったものもあって、パリっ子に斬新な印象を与えている。また、フランスでは珍しい惣菜パンとして、カレーパン、チーズとドライフルーツのパン、クロックマダムなどがあるのも話題だ。
パリには惣菜を販売する店やスーパーマーケットが多く、手の込んだ料理を外で調達する人も多い。ここでもテイクアウトできる料理を用意しており、ロブションの料理を家庭で味わえる贅沢さに注目が集まっている。
ティーサロンで獺祭を飲む贅沢
中2階は、白と黒を基調にしたモダンなインテリアのバーとティーサロン。バーカウンターのうしろには、ずらりと獺祭のボトルが並ぶ。これはすべて冷蔵スペースになっており、適温に冷やされた獺祭を飲むことができる。獺祭の酒は、すべて純米大吟醸で、精米歩合によって、獺祭45、獺祭三割九分、獺祭二割三分、そして精米歩合を公表していない、「磨きその先へ」がある。
どの種類も、獺祭らしい華やかな香りときれいな甘み、すっきりした切れ口は共通しているが、それぞれに個性がある。パリ店の責任者である飯田薫さんに聞くと、人気があるのはきりっとした味の獺祭三割九分。そして獺祭45のスパークリングだそう。獺祭45というのは、この春、従来の獺祭50の精米歩合をさらに5%下げて、より繊細な味にリニューアルしたもの。スパークリングは、華やかな香りはそのままに、原料米の山田錦の甘み、瓶内二次発酵ならではのさわやかな炭酸が特徴的だ。蒸し暑いパリの夏、ライムを入れた獺祭45スパークリングをアペリティフに飲む爽快感はたまらないだろう。
ランチタイムは近くのビジネスマンたちで満席になるので、少し遅めの時間に軽く一杯といくのもいいかもしれない。パティスリーでも販売しているDassaiマカロンをおつまみ代わりに。このマカロン、まず枡に入った和テイストの盛り付けに目を惹かれ、口に入れるとやわらかな生地の間から、獺祭の香りとさわやかな甘みがふわりとあふれ出る、なんとも華やかなお菓子なのだ。獺祭を使ったお菓子に獺祭の酒を合わせる贅沢な時間を楽しみたい。
パリで食べる本格和食と獺祭
らせん階段を上がると2階はレストラン。和食とフランス料理両方のメニューがあり、好きな方を選べる。素材を厳選し、その持ち味を活かす、ロブションならではのエスプリの効いた料理。そして、フランス料理のシェフが挑戦する独自の和食がある。
たとえばランチなら、サラダにお造り、野菜の和えもの、海苔巻きなどがセットになっているが、ソースや隠し味にフランス料理の技が使われていて、やっぱりロブションの料理なのだ。
時季によってメニューは大きく変わる。たとえば、夏のディナーメニューには、ホワイトアスパラガス、イチョウガニとアボガド、チェリーソースの鴨などが出ていたし、オーダーが多いのは、オマールスパゲティ、銀鱈とタイのカルパッチョなど。どれも見た目にも美しい料理たちばかりだ。(ランチ、ディナーともに49 €~)
シャンパンの代わりに獺祭45のスパークリングで乾杯し、そのあとは料理に合わせて三割九分や二割三分などを飲み、デザートで獺祭入りのスイーツをいただく。こんな極上のコースは、パリでの特別な時間にふさわしい。
ロブションとの出会い、そしてオープンへ
獺祭とロブション、この夢のコラボのオファーはロブションからだったと聞く。
「日本にもフランス料理やイタリア料理の店は多くあるが、料理するのは日本人。同じように、フランス人が作る本格的な日本料理店があってもいいのでは」とロブション氏は言った。
食文化の中心フランスで獺祭を飲んでほしい
旭酒造の桜井博志会長は、かねてより「パリに店を出して、フランス人に獺祭を飲んでもらうことを目指す」と語っていた。獺祭が和食だけでなく、フランス料理にも合うことに確信があったからだ。
さらにいえば、海外の高級な和食店で出される日本酒が、必ずしも高品質だとは限らないことを憂いていた。とくに純米大吟醸は温度管理が重要で、日のあたる場所に置きっぱなしでは酒質が変わってしまう。それを飲んだ人が、日本酒はこんなもんだと思ってしまうのが耐えられない。だから、本当においしい日本酒を飲める店を作りたいと挑戦を始めたのだ。
ロブション最後のプロデュース店
しかし、オープンまでには紆余曲折があった。うまくいかずに悩んでいた旭酒造に声をかけたのが、旧知のロブションだった。ロブション氏の狙いはフランス人が作る本物の日本料理レストラン。みずから「獺祭に恋した」と語るほどの力の入れようで、陣頭指揮をとった。そして、2018年4月にオープン。6月に行われたお披露目の会は、日本からお祝いにかけつけた人たちでにぎわった。その前日、ロブション氏は店でメディアの取材を受けていた。お祝いの日に姿が見えなかったのは体調不良だったと聞いたが、その1カ月半後、帰らぬ人となった。
フランス料理界の巨匠ジョエル・ロブションが最後に作った店「獺祭・ジョエル・ロブション」。もう彼の姿はないが、エグゼクティブシェフをはじめ、厨房はほぼフランス人スタッフがきりもりする。その中で数少ない日本人が、シェフパティシエの中村忠史さん。六本木のラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション時代からシェフパティシエを務め、香港店を10年間率いた。そして今回、パリに来て力を発揮。
「日本酒とスイーツはとても相性がいい。なかでも熱燗がよく合う」と中村さん。冬季限定の獺祭温め酒が出たらぜひ試してみたい。
派手な宣伝はしていないが、前を通る人が立ち止まり中をのぞいていく。中に入った人は目を輝かせて獺祭やスイーツを選ぶ。そして人から人へと口コミで広がり、徐々にその存在が広まっている。飯田さんが「日本酒を知らない人や先入観なく飲んだ人が、日本酒はおいしいと獺祭にハマってくださいます」というように、客層は、ほとんどが地元パリに住む人。桜井会長の、「フランス人に獺祭を飲んでもらう」という願いが、少しずつ形になっている。
挑戦を続ける旭酒造・獺祭
旭酒造がある場所は、山口県岩国市の山奥。新幹線の岩国駅から車で40分ほどもかかる場所にある小さな酒蔵だが、この30年間に大きく成長を遂げた。時代は日本酒業界には逆風続きで、各地で廃業する酒蔵が多いなか、「酔うためでなく、おいしい酒を」と、ただひたすら味を追求して現在まで酒造りを続けてきた。
人気のあまり店頭で品切れが続いたこともあったが、桜井会長は「幻の酒にしてはいけない」と、酒米確保に飛び回り増産に取り組んだ。結果、138憶の売上げ(2018年)を誇るほどになり、今の日本酒ブームをけん引する酒の一つとなった。
パリ店の次は、アメリカ・ニューヨークでの酒造りに挑戦する。2020年の夏には酒蔵が完成し、米国産の米で造る純米大吟醸が発表される。
<Dassaï Joël Robuchon(獺祭・ジョエル・ロブション)>
住所 184, rue du Faubourg Saint-Honoré Paris 8
公式HP https://www.asahishuzo.ne.jp/
取材・文 松田きこ