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講談の楽しみ方 ~講談師 旭堂小南陵~

講談の楽しみ方   ~講談師   旭堂小南陵~

講談は、講談師が歴史などの物語を独特の口調で語るものです。講談師は、張り扇で釈台を叩き、臨場感を出して話しを盛り上げ、聴衆を引き込みます。今回は、女性講談師の旭堂小南陵(きょくどう こなんりょう)さんが講談を解説します。

講談師・五代目 旭堂小南陵 (きょくどう こなんりょう)

講談師・五代目 旭堂小南陵 (きょくどう こなんりょう)

2001年7月旭堂小南陵(現四代目/旭堂南陵)に入門。OL・俳優を経て講談師に。2015年 第70回 文化庁芸術祭新人賞受賞。翌年11月、五代目旭堂小南陵襲名。20191月大阪市此花区に講談中心の「此花千鳥亭」オープン。20203月大阪文化祭奨励賞受賞。古典・新作講談はもちろん、講演・司会・舞台・大道芸等でも活躍。

 

【メディア番組】

YouTube「講談ひるず」(毎週月曜更新)

YouTube「テレワーク連続講談千鳥亭」(毎週月曜 21時過ぎよりライブ配信中)

 

【ホームページ】

「五代目 旭堂小南陵のおうち」http://kofumi.jimdo.com/

Twitter @Kofumikyokudo

講談とはどんなもの?

講談師を志す

「そこに想い、歴史、文化、心があればどんな事柄でも講談になりうる!」。
私、五代目・旭堂小南陵が講談師を志したきっかけは、「講談」という日本の伝統話芸にピカッ!と稲妻が走るが如き、そんな一瞬を見たからです。

無限の宝箱であるからこそ、演目やシュチュエーション、話の運びや演出によって演者や観客(受取り手)をひどく限定してしまいそうな…からこそ、至高の一瞬を観客と一緒に追求して生み出してゆくような高潔さ。私にとっては、あの一瞬の感動が今でも原動力のひとつになっているのは間違いないものの、即物的ではないがゆえに「講談ブーム」と噂される昨今でさえ、認知度も演者数も観客数も、体感としてはさほどのブーム感は無い状況でして…。

エンターテインメントが溢れ、世の中がクルクルと目まぐるしく移る中で、関西では戦後、講談師が当時の「旭堂南陵」たった一人になったのも、そうした味わい深さを吟味するほどの、心の余裕や時間が軽視されてきたからじゃなかろうかと、心の贅沢のあり方みたいなものを考えさせられるのです。

趣味としての講談教室

今、講談師は全国で100名以上、関西でも数十人を数え、趣味として講談を習うという方も増えてはいるものの、いざお教室などで生徒さんに臨むと、「時は!(パンッと激しい勢いの張り扇)元禄の十五年(パンパンッ)極月の十四日(パンパンパパンッ)赤穂義士四十七士が〜ッ(パパパパパパンパン)!」などと、講談師の代名詞的アイテムのひとつである張り扇を、これでもかとばかりに打ちたがり、「いや、それでは聞いてるかたにお話が伝わらないですよね…」「え?何がですか?」と、いうことも日常茶飯事。

なるほど、話芸というよりはパフォーマンスとして派手に張り扇や時に小拍子、扇子をも打ち鳴らし勢いよく語るのがちょっと斬新で、それを体験してみたいということか〜と、ストレス解消効果をご所望であることに気づいて、度々苦笑いさせられます。

講談師の必需品「張り扇」

物語の絶妙な呼吸やタイミングで観客を引きつけるように、釈台と呼ばれる机を叩く張り扇の音がパンッと響く。きっとこれが観客にとっては印象的な光景で、いざ張り扇を手にする機会を得ると、まずは皆さん、親の仇のように釈台を叩きまくり、「そんなに叩くと折れますよー!」と、ちょっと恐怖を覚えるくらい。

実際は「修羅場読み」といわれる、立板に水の如き流れるようなリズムと勢いをもって語る読み立てや、場面転換、印象づけをしたい瞬間にのみ効果的に打つことが多く、そう四六時中打つモノではないんです。

この張り扇、「ハリセン」ではなく「ハリオウギ」と称し、関西では扇子の軸を革で包んで作ったものが多く使われ、関東では特製の和紙で作る特製品。一門によって受け継がれてきた物語そのものも語り口もかなり異なるものの、張り扇はどの講談師も必ず高座にもってあがるアイテムで、講談師の代名詞のように描かれることが多いのは事実です。

そのほかには扇子、小拍子、手ぬぐいなど、音を出すだけでなく見立てにも使用されるアイテムをそれぞれの好みで活かしながら、身ひとつでお客様を物語の世界へ誘う、私にとってはある意味究極の芸能、それが「講談」という無限大の話芸なんです。

講談界の流派について

「師匠」と「先生」の違い

明治大正期には隆盛を極め、数えきれないほどの流派が存在していました。

口語体で書かれルビもあり、老若男女問わずに読みやすい、そんな講談速記本も貸本屋さんなどを中心に大流行し、ジャンルを問わない様々な物語を講義解釈、つまり講釈する講談師は「師匠」でなく「先生」と呼ばれました。今でも自らの師匠の事は「師匠」と呼びますが、そのほかの真打、あるいは真打格の講談師は「先生」とお呼びします。

関西の流派(亭号)

講談師の苗字のようなモノ、これを「亭号」といいますが、関西では戦後、旭堂一派のみ。しかも当時の「旭堂南陵」ひとりだけになった時期がありました。現在、少しずつではありますが講談師の数も増え、「かつて滅んだ亭号を復活させて盛り上げてゆこう」という動きも折々に出てきています。旭堂からも私の同期、旭堂南陽が2016年に玉田玉秀斎という伝説の講談師の名前をいただき、玉田派が復活。後世に受け継ぐべく奮闘しています。

関東の流派(亭号)

一方、関東には、一龍斎、神田、宝井、田辺、桃川…たくさんの流派の切磋琢磨に、羨ましいなぁと正直近年までは思っておりました。
ですが結局、芸界の一門は擬似家族的ではありますが、芸人自体は個人事業主。どこの一門だ、どの流派だということよりも、それぞれの個性や向き合い方、生き方に尽きると痛感する今日この頃です。

演目について

昔と今の演目の違い

昔の講釈場ではひとりの講談師が1時間や2時間ずーっと語り続けるというのもザラでした。自然、歴史の物語や紆余曲折に満ちた物語が重宝され、その中でも、よりドラマチックで面白いお話が、多く語り継がれてきたようです。

今ではさすがに、講談会や寄席での持ち時間も限られていますし、長い長いお話の中の抜き読みを一席物としてお送りしたり、続き読みとしてシリーズで何度かに分けて上演したり、新作や創作講談を作成したりと、それぞれがご一門や自身の好みで切り拓いて活動を重ねています。

人気の演目

古典としては、やはり歴史物語や合戦の物語、人物伝が東西問わず多く残っていますが、関西では『太閤記』『難波戦記』『赤穂義士伝』『太平記』など、現地への共感あふれる軍談や出世物語が好まれたり、有名な『水戸黄門漫遊記』や『左甚五郎漫遊記』を始めとした漫遊物、『安倍晴明伝』などの神道講釈、お裁きの妙に唸る政談物、義賊仁賊が活躍する白浪物、歴史的な前知識がなくともホロリと楽しめる世話物、シュチュエーションコメディ的に笑える滑稽物、ゾッと背筋の凍る怪談、そのほか、相撲や馬術にまつわるお話、侠客伝etc…。とにかく、なんでも講談にはなり得るわけです。

それが観客である受け取り手にとって面白いと感じるかどうか、共感性を生むかどうかは、一期一会の演者の魅せどころ、といったところでしょうか。

演目を一つご紹介~太閤記~

『太閤記』

言わずと知れた太閤・豊臣秀吉の立身出世物語。一年間の続き読みでは語りきることができないといわれるほど長い長い物語が残されています。

貧しい百姓の息子として誕生し、決して順風満帆ではない日吉丸が、己の才覚と柔軟な発想、人たらしと言われた処世術で出世を遂げてゆきます。現在も有名な逸話として残るものの多くは、この講談から派生したもの。

どんなことがあっても諦めずに「此花千鳥亭」を作りあげることができたのも、木下藤吉郎時代の「一夜城伝説」に勇気をもらったから?!

講談を聴くには

定席のないもどかしさ

東西合わせても100名前後というプロの講談師の数。その数の少なさもあって、定席という形で365日、毎日講談会を開催するということは現状不可能な状況です。
それでも私が入門した頃には、唯一の講談小屋として東京の「本牧亭」が存在してくれていました。残念ながら2011年に閉館され、それからはずっと講談の拠点といえる場が存在しない状況でした。

各所の寄席にお声がけいただいて出演させていただいたり、貸館をお借りして協会や自身の定期会を開催したり、イベントにお声がけいただいたり。「面白かった!続きはどこで聴けるの?」とお尋ねいただいてもご案内できる場がなく、「えー?ホンマに続きあるの?講釈師やから見てきたような嘘ちゃうのー?」と、せっかく興味を持っていただいた方にご案内をすることさえできないもどかしさ。

「私は出てないですけど、ここへ行っていただいたら誰か講談師が出てますよ」の案内さえ不可能だったわけです。

講釈小屋「此花千鳥亭」の誕生

真打格になり「先生」と呼ばれるくすぐったさにも慣れなければならないとはいえ、その「先生」の責務のひとつ、後進を育てて講談界に恩返しをすることも、このままの環境では夢のまた夢。

「よし!なかったら作ったらええんや!講談に登場する人物は、そうやって自分で道を切り拓いてる人ばっかりや!」。なぜか「やればできる!」という確信に似た感情で、皆が分け隔てなく利用できる講釈小屋を造る!と心に決めまして…。その折の紆余曲折は、想像以上に並大抵のことではなかったので、詳しくは、ぜひ別の機会に。

それでも、諦めずに多くの方々のお力添えを賜りながら造りあげ、20191月にオープンしたのが、大阪市此花区の住吉商店会内、「此花千鳥亭」。ごくごく限られた予算ですべてDIYで造りあげた、講談の拠点かつ発信基地です。

1年目の危難

その此花千鳥亭がオープンして約1年経った今。世界的な危難で誰もが厳しい状況に追い込まれ、芸界の仕事はすべてキャンセル、小屋の責任者として事態が終息するまでの制限を余儀なくされました。場の維持や芸界全体の懸念、もろもろの決断を急スピードでせねばならなくなった中、此花千鳥亭が1年で多くの仲間が集う場所に育ってくれていたからこそ、次の「なかったらやってみたらええやん!」が動き出したのです。

新しい形の寄席へ

それが、無観客ライブ配信。直接お会いしたくてもどうしようもない状況下で、今考えられる最善の講談会や寄席の形でした。千鳥亭を大切に想ってくれる仲間が集まって作りあげたのが、気軽に投げ銭でご覧いただける「此花千鳥亭テレワーク寄席」と、木戸銭をいただいて視聴いただける「ZOOM寄席」。

小さい小屋であるからこそ即時にできたこと。できる範囲で機材と設備を整え、会場内は毎日これでもかと消毒。出演者は公共交通機関を使用せずに来場できる講談師や落語家を主とし、遠方の出演者はインターネット経由で自宅からの出演。これで気軽な定期会と、独演会や寄席などのそれぞれの趣向を凝らした会とのすみ分けもできるようになりました。

視聴者数は日毎に増え、チャットやお手紙で触れるお客様のあたたかさや、芸界のつながりに大きな感動をいただき、少しずつ輪も広がっています。

「此花千鳥亭でしたら、講談をご覧いだけますよ!」。興味をお持ちいただけましたら、まずはぜひYouTubeを覗いてみてください。そして、いつか直接寄席でお会いできますように。

講談師・五代目 旭堂小南陵 プロフィール

経歴】
2001年 7月旭堂小南陵(現四代目/旭堂南陵)に入門
OL・俳優を経て講談師に
2015年 第70回 文化庁芸術祭新人賞受賞
2016年 八尾市文化新人賞受賞
2016年 11月 五代目 旭堂小南陵襲名
2019年 1月 大阪市此花区に講談中心の「此花千鳥亭」オープン
2020年 3月 大阪文化祭奨励賞受賞

【主な活動】
YouTube 番組「講談ひるず」毎週月曜定期配信中
・講談と朗読のユニット“もち講談と朗読の会「百人一首」シリーズ開催中
・定期会「やまとなでしこ」「講談ひるず」「梅香講談会」「連続講談千鳥亭」
・天満天神繁昌亭、喜楽館、など様々な寄席にも多数出演中
・「ハルカス寄席」「此花千鳥亭 月曜お昼寄席」「落語界ミドルチーム 昼から木曜寄席」メンバー
・宮崎県都城市特派大使
・講談&講演セミナー、研修講師、学校講師などでも活躍
・声優イベント「王様ジャングル」シリーズ MC
・各種メディアにて活躍中

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