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落語の楽しみ方 4 ~笑福亭銀瓶~

落語の楽しみ方 4 ~笑福亭銀瓶~

落語家・笑福亭銀瓶さんのコラム、第四弾は、いよいよ落語家になるための修業生活が始まります。いったいどのような修業が待っていたのか、またそこで生まれる師弟関係についても触れていただきます。(トップ写真:Photo by 佐藤 浩)

笑福亭銀瓶 プロフィール

1967年兵庫県神戸市生まれ。

19883月笑福亭鶴瓶に入門。2005年から韓国語による落語も始め、韓国各地で公演。201010月文化庁文化交流使として韓国に滞在。ソウル、釜山、済州で20公演、約3500人を動員する。舞台『焼肉ドラゴン』、NHK朝ドラ『あさが来た』『わろてんか』『まんぷく』『スカーレット』に出演するなど、役者としても活躍中。

 

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5つ星マガジン人気連載 第4回です!
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師弟

2019年 6月、ニュージーランドにて(写真左から:笑福亭銀瓶 笑福亭鶴瓶 笑福亭ベ瓶)

『師弟』という言葉。意味は文字通り、師匠と弟子。師弟、「してい」、いい響きですよね。私はこの言葉が好きです。調べていたら、さらに、こういう言葉に出会いました。

『師弟(してい)は三世(さんぜ)』

意味は、「師弟の縁は前世・現世・来世の三世につながる深い因縁で結ばれている」ということです。
恥ずかしながら、52歳になって初めて知りました。人間、死ぬまで勉強ですね。
でも、本当にこの言葉通りだと思います。前にも書きましたが、たくさんの入門志願者がいて、弟子に取ってもらえる人と、弟子にしてもらえない人、ハッキリふたつに分かれるんですから。

自分が「この人!」と思う師匠の下に弟子入りできて、いよいよ、修業生活が始まります。

掃除

Photo by佐藤浩

修業中、弟子が師匠の家ですることと言えば、まずは、掃除です。ですから、修業中の弟子がいる師匠の家は、とても綺麗です。もしも汚れているとしたら、そこの弟子がよっぽどサボっているんです。何しろ毎日掃除するんですから。玄関前はもちろん、リビング、和室、師匠の書斎、台所、お風呂などなど。トイレの掃除は、一門によって、弟子がする一門と、そうでない一門とがあるようです。

私の師匠、笑福亭鶴瓶は「トイレ掃除は嫁はんがやるから、お前らはせんでエエ」と、あの声で言ってくれました。鶴瓶が六代目 笑福亭松鶴師匠に弟子入りした際、松鶴師匠の奥さんがこう言ったそうです。
「アンタらは、これから出世せなアカンさかい、トイレはアテが掃除するさかい」
松鶴師匠の方針では、こうだったんですね。それを私の師匠も踏襲したというわけです。トイレを弟子に掃除させる、あるいは、掃除させない。これは、どちらが正しいか分かりません。また、トイレの掃除を経験するかしないかが、出世するかどうかに影響するのかどうかも分かりません。

一口に掃除と言っても、その度合いも、師匠の方針によって一門ごとで様々です。まあ、世間一般で言う掃除のレベルがほとんどなんでしょうが、私が聞いた話では、東京には『毎日が大掃除』というような一門もあるらしいです。
あとは、車を洗車したり、犬を洗ったり。自分が『足を洗う』なんてことにならないよう、一所懸命やります。

いずれにしても、家は綺麗にした方が、絶対にいいですね。師匠ともなれば、急な来客もあるでしょうし、運気もアップするそうですから。
それに何より、弟子は師匠の家で『タダでお腹いっぱい』ご飯を頂くんですから、掃除くらい綺麗にやらないと、バチがあたります。

料理

Photo by佐藤浩

掃除以外となると、たまには料理もします。基本的には、師匠の奥さんが作ってくれて、弟子がその助手みたいなことをするんですが、状況によっては、奥さんが料理をできない日もありますから、そういう時には、弟子が台所に立つんです。
私も弟子入りしてすぐ、兄弟子から料理を教わりました。肉じゃが、ひじきの煮物、切り干し大根の煮物、カレー、シチュー、鶏のから揚げ、豚の生姜焼き、みそ汁、あとは何でしょう? 今はもう作れないです。忘れました。

ある時、師匠の奥さんが多忙で、弟子が料理をする日が続いたんです。私を入れて3人の弟子で、一所懸命、心を込めて作りました。師匠ご夫妻、2人のお子さん、弟子3人が一緒に食べていました。何日目かで、師匠が突然、テーブルに箸を置いて、こう叫びました。
「玲子!(師匠の奥さんの名前)、頼むから、もう、お前が作ってくれ~!」

私たち弟子は美味しいと感じていたんですが、師匠は、ずっとずっと、我慢して食べてくださっていたんですね。本当に申し訳なかったです。

修業中の3年間、ほとんど、師匠の奥さんが作ってくださるご飯を頂きました。それも、常にお腹いっぱいに。私の場合、2023歳という食べ盛りです。そんな弟子が、1人だけでも大変なのに、複数もいたら、師匠の奥さんは目が回るくらい大変だったことでしょう。

入門して32年経った今でも、たまに、師匠のご自宅で奥さんの手料理を頂くことがあります。あの頃と、味は全く変わりません。いつ食べても美味しいです。師匠の奥さんのご飯で大きくなりました。だから、師匠の奥さんは、弟子にとって『お母さん』なんです。

でも、そのことに気がつくのは、修業生活が終わって、ずっとずっと、先のことです。

車の運転

Photo by佐藤浩

弟子の役目で重要なことを一つ忘れていました。車の運転です。今の噺家は、ほとんどが運転免許を持っていますが、昔の師匠は免許を持っている人が少なかったようです。ですから、免許を持っていることで、弟子入りできた人もいました。

「◯◯師匠、弟子にしてください」
「キミ、免許、持ってるか?」
「はい」
「よっしゃ!ほな、明日からおいで」
てな具合に。

免許を持っていない師匠でも、車は購入しているというケースがありました。移動には車が便利ですし、噺家ですから、仕事の後、お酒を飲むことも多々あります。そういう時の運転手として、免許を持っている弟子は重宝がられます。

ところが、師匠を乗せて運転するということが、これまた大変です。事故を起こして、師匠に怪我を負わせたり、また、相手方とトラブルになってはいけませんので、当然のことながら、常に慎重な運転が求められます。
かと言って、運転ばかりに集中して、ずっと黙っていることもできません。移動中の師匠を退屈させないように、師匠のおっしゃることに適度に相槌を打ったり、的確な言葉を返したり、あるいは、弟子の方から何か話題をふったりします。

ところがこれも、あんまりベラベラ喋っていると、「煩いなぁ、お前は!ちゃんと運転せい!」と怒られます。
ですから私は、師匠を乗せてハンドルを握るのが、あまり好きではありませんでした。まあ、そんなに運転が上手いほうではなかったので、他の弟子が運転することが多かったですが。

また、どういうわけか、噺家というのは『いらち』な人が多いんです。『いらち』とは、主に関西の方言で、「せっかち」「気が短い」という意味です。
超いらちな師匠ですと、仕事の入り時間に間に合うかどうか微妙な時や、弟子がトロトロ運転して他の車に追い抜かれたりした時など、「もっと、早よ(早く)行かンかい!」と怒られます。

これは、お弟子さんもネタにしていらっしゃいますし、もう時効ですから書きますが、六代目 笑福亭松鶴師匠なんかは、本当に凄まじかったそうです。
松鶴師匠が「行け!」と言えば、運転しているお弟子さんは、とにかく飛ばすしかなかったのです。飛ばさないと、自分が飛ばされるからです。また、一方通行なんかもお構いなし。

「師匠、あきませんわ。この道、一方通行ですわ」
「行け!」
「いや、行けて、一方通行ですねん」
「かまへンさかい、行け!」

仕方なく一方通行を逆走すると、そこには運悪く、お巡りさんが。
「ちょっと、ちょっと、この道、一方通行ですよ。何をしてるンですか?」

すると、松鶴師匠が言いました。
「エライすんまへん。こいつが勝手に行きよったんだ」

色々と大変なこともありますが、しかし、車の中で、師匠と二人きりになると、普段なかなか話せないような会話になったり、また、貴重な芸談を聞けたり、時には、師匠から励まされたりと、とてもいい時間を過ごすこともできるのです。

その他もろもろ

Photo by大西二士男

他にも、弟子がやるべきことは、色々とあります。とにかく、師匠のご家庭の役に立つことなら何でも。
スーパーへの買い物、子どもさんの塾への送り迎え、犬の散歩(犬の散歩の時は、ちょっとサボれるから癒しの時間でした)、などなど。

そうやって、修業中に、ありとあらゆることを弟子がするわけですが、大事なのは、やはり、落語の稽古です。
やっとここまで来ましたね。次は、このことに触れていきます。

落語の稽古

Photo by佐藤浩

噺家はお客様の前で落語をするのが仕事ですから、当然、落語を覚えないと話になりません。師匠や先輩から教わります(しかし、キャリアを積んでくると、場合によっては、少し後輩から教わることもあります。これは、その噺家同士の関係性によりますが)。
弟子入りして、一番最初に教わるのは、やはり、自分の師匠です(ところが、これも例外があって、そうではない場合もあります。あくまでも、基本的にはという話として、お付き合いください)。

『口移し』稽古

落語の稽古の代表的なやり方は、『口移し(くちうつし)』という稽古です。『膝稽古(ひざげいこ)』とか、『三べん稽古』という言い方をすることもあります。

師匠と弟子が、どちらも浴衣に着替えて、向かい合わせに座ります。師匠は座布団の上に、弟子は座布団を敷かず座ります。
一番最初に覚えるわけですから、どの落語を教えるかは、師匠が決めます。前座さんが覚えるネタですから、『落語の基礎的な要素』が詰まった演目から選ぶことが多いです。

一つの噺を先に師匠が3回繰り返して喋り、弟子はその間に覚えないといけません。師匠が3回喋った後、弟子に「やってみろ」と言い、弟子は覚えた台詞を口にします。
記憶力がいい弟子の場合、1回の稽古で師匠が喋るネタの範囲を長くできますが、覚えの悪い弟子ですと、短くしないと無理です。

三遊亭圓生師匠の体験談

『昭和の名人』と呼ばれた、六代目 三遊亭圓生(さんゆうてい えんしょう)師匠が、ご自身がお若い頃の体験談を話されている音源を聴いたことがあります。その内容を要約すると、次の通りです。

教えてくださる師匠が、目の前で、噺を最初から最後まで一席全て喋ってくださる。一日に一度だけ。翌日も一度だけやってくださる。三日目も同様。四日目に、「やってごらん」と言われ、その時に、完全に一席できなければいけない。できなかった場合、もう一度だけチャンスを貰える。しかし、四回目でできなければ、もう二度と、その師匠のところへはお稽古に行けない。

ここで話されている「師匠」というのは、恐らく、ご自身の直接の師匠ではなく、別の師匠だと考えられます。落語は自分の師匠以外、他の師匠や先輩のところへお稽古をお願いすることも多々ありますから。

どのくらいの長さの噺なのか分からないのですが、それにしても、一度に一席全てというのは、私には経験がありませんし、また、他の噺家でも聞いたことがありません。

昔は厳しかったんですねぇ。いや、今が甘すぎるのでしょうか。

私、銀瓶の場合

Photo by佐藤浩

私が若い頃は、大体、5分くらいに区切って、お稽古をつけて頂きました。5分間くらいの台詞を師匠が3回繰り返して、それを聴いて覚えて、すぐその後にやって、師匠に聴いて頂くのです。
間違っている個所を指摘されたり、「ここはもっと、こういう風に喋りなさい」とアドバイスを受けます。
次の稽古日まで、日々、教わった部分を一人でブツブツ、ブツブツ、稽古します。これを『ネタを繰る』と言います。歩きながら、掃除をしながら、トイレの中で、お風呂の中で、どこでもできます。

次のお稽古の時には、まず、前回のおさらいから始まります。前のお稽古で教わった部分を喋るんですが、その時に、台詞がスラスラ出てきたら、「ちゃんと稽古をしてきたな」となり、次に進めますが、途中で台詞が止まったり、詰まることが多くなると、「お前、稽古してないやろ。なめとんか!」と怒られて、その日のお稽古が中断します。度が過ぎると、「お前には教えない!」となることもあります。

私はこれでも、「覚えがいいほうだ」と、ある師匠から言われたことがあります。もっと悪い人ですと、5分が3分、3分が1分と、どんどん短くなっていくわけです。
若い噺家がやる落語は、15分から、長くても20分までです。5分で区切ることができれば、34回のお稽古で、一席の落語の稽古が上がります(稽古が終わるという意味です)。ところが、短く区切ってやらないとダメな場合、必然的にお稽古の回数も増えます。教える側はヘトヘトに疲れます。

落語は『耳で覚える』

Photo by松本龍馬

そして、もう一つ、重要なことですが、基本的に、師匠の目の前で、ノートは取らせてもらえません。落語は『耳で覚える』のです。ですから、家に帰ってから、必死で思い出し、ノートに台詞を書きました。

これは、修業中のエピソードではないのですが、20078月、私は、四代目 林家染丸(はやしや そめまる)師匠に『寝床』という噺を教えて頂きました。
お昼間、染丸師匠のご自宅でお稽古があり、噺が途中まで進みました。鞄の中にノートが入っていますが、もちろん、目の前でつけることはできません。その日、師匠は、繁昌亭(大阪の寄席)昼席のトリでした。

「銀瓶くん、この後、何もないンやったら、繁昌亭まで来るか?」
「はい。お供します」

師匠がその日、繁昌亭の高座でかけてくださったのは『寝床』でした。
私は舞台裏で、師匠の声を聞きながら、血眼になって、ノートに台詞を書きました。染丸師匠は、私のために『寝床』を演じてくださったのです。
噺家には、こういう『気』があります。

話が少し逸れましたが、修業中は、基本的には、この『口移し・膝稽古・三べん稽古』で落語を教えて頂きます。

弟子がやりたいネタを先に覚える

Photo by佐藤浩

一門によっては、師匠の意向や、弟子の習熟度に応じて、師匠が、「やりたいネタを自分で覚えなさい。一席全て覚えたら、聞いてあげよう」と、弟子に通達することもあります。

そうやって、師匠からアドバイスを頂き、その後、高座でかける(舞台で演じる)ことが許されます。
修業期間を終えた噺家が、誰かにお稽古をつけて頂く場合、このスタイルが主流です。
私も今は、先に覚えてから、先輩に聞いて頂き、自分の貴重な財産としています。

また、これも一門によって差がありますが、弟子は、3年の修業期間内に、大体、十席くらいの噺を教えて頂くというケースが多いようです。

『お前らを家政婦にするために、ここに置いてるンと違うぞ』

Photo by 松本龍馬

年季明け

こうやって、3年ないし、2年の修業期間を経て、年季明けとなります。卒業ですね。
もう、次の日からは、住み込みの弟子は師匠の家を出て、自分の部屋を探して、そこで一人暮らしを始めます。通いの弟子は、朝早くに、師匠の家へ行く必要もありません。掃除をしなくてもいい。

楽です!自由です!
ところが、ここからが大変なんです。
修業中は、師匠が食べさせてくれますが、この日から、自分でお金を稼いで、自分の力で食っていかなければならないのですから。

弟子は家政婦ではない

私が修業中、掃除の仕方が悪いとか、料理の段取りがなっていないとか、電話の応対が良くないとか、細かいことで、師匠や師匠の奥さんから、度々、叱られました。出来の悪い弟子でした。

ある時、師匠からこう言われました。
「俺はなぁ、お前らを家政婦にするために、ここに置いてるンと違うぞ」
「料理を上手になるンやったら、料理人になったらエエ。車の運転が上手かったら、タクシー会社やバス会社に就職したらエエ。そういうことで怒ってるンと違うンやで」

その時には、師匠のおっしゃることを深く理解できなかったのですが、噺家にして頂いて、曲がりなりにも32年経つと、ようやく分かってきました。

修業から『気』を学ぶ

我々の仕事は、まず、『お客様の気が分かる』『気を感じる』ことが大事です。
落語会以外のテレビやラジオ、イベントの現場でも、『その場の空気を察知する』とか。

今、何が求められているのか、何をすればベストなのか、何を言えばOKなのか、今は喋らないほうがいいのか、押すべきか、引くべきか。
そういうことを瞬時に判断できる人間(噺家・芸人)になるための訓練期間なのです。

その間、師匠と奥さんは、ずっとずっと、我慢をしてくださっていたのです。
落語は『タダで教えて頂きます』。
落語だけではなく、師匠の生き方や、ポリシーや、大事にされていること全てを、タダで。
教わる弟子はお金を払わない、教える師匠はお金を取らない。
むしろ、弟子の食費で、お金が出ていくばかり。

師弟関係は親子と同じ

2019年 6月、ニュージーランドにて(写真左から:笑福亭銀瓶 笑福亭ベ瓶 笑福亭鶴瓶)

こんな、割に合わないことを、なぜ、『師匠』はするのか。

私の師匠、笑福亭鶴瓶の言葉です。
「俺も、そないして、オヤッサン(松鶴師匠)にしてもろたからや。してもろたことを、お前らに、やってるだけや」

新しいお弟子さんの入門が決まると、人間国宝・桂米朝師匠は、奥様に対して、こんな風におっしゃったそうです。
「また、一人、子どもが増えるさかいな」

師弟関係が、いつの日か、親子関係のようになる。
私は、そんな風に感じています。
師匠(お父さん)と師匠の奥さん(お母さん)を喜ばせるためには、弟子(子ども)が一所懸命やるしかないのです。

『師弟(してい)は三世(さんぜ)』

Photo by 佐藤浩

笑福亭銀瓶 プロフィール・著書情報

Photo by 佐藤浩

1967年 10 15日生まれ、兵庫県神戸市出身。
1988年 3月、国立明石工業高等専門学校・電気工学科を卒業。
1988年 3 28日、笑福亭鶴瓶に入門。
2005年から韓国語による落語も手がけ、韓国各地で公演を継続。
2008年、繁昌亭奨励賞受賞。
2009年、繁昌亭大賞受賞。
2010年 10月、文化庁文化交流使として韓国に1ヶ月間滞在し、ソウル、釜山、済州で20公演を行う。
2017年、文化庁芸術祭・大衆芸能部門・優秀賞受賞。

舞台『焼肉ドラゴン』、NHK朝ドラ『あさが来た』『わろてんか』『まんぷく』『スカーレット』に出演するなど、役者としても活動中。

【著書】銀瓶人語vol.1vol.3西日本出版社  / TEL06-6338-3078

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